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「倭人」のルーツ① メソポタミア〜インド編

「倭人」は、現在では「ワジン」と読まれているが、上古代における「倭」の本来の発音は「ウワイ」である。

これはインドにおいて女性仏教徒を指す「憂婆畏=ウワイ・ウバイ」と同じ発音だ。

さらに「倭=ウワイ=憂婆畏=ウバイ」だとして、「人」を「素人(シロウト)」「玄人(クロウト)」と同じく「ト」と発音すれば、「倭人=ウバイト」となり、これはメソポタミアの古代文化である「ウバイド」と同じ発音となる。

メソポタミアのウバイド文化とは、紀元前5500年頃〜紀元前3500年頃にかけて、メソポタミアに誕生した先史文化の事で、イラク南部ジーカール県のウル遺跡の西6キロメートルにあるテル・アル=ウバイドという遺丘(テル)で発見された、新石器時代から銅器時代の遺跡が、この文化を代表する。

思うに「倭人のルーツ」、すなわち祖先は、メソポタミアにおいて「ウバイド文化」を生んだ人々ではなかったのだろうか。


これを検証していくうちに、面白い事跡が見つかった。

「ウバイド」は別の漢字を当てはめると「大売人」である。

「大」を「ウ」と読むのは少しムリがあるのでは?と思われる方も多いだろうが、我が国においては天武天皇が定めた位階の最上位を「大山位」と書いて「ウヤマイ」と読んだ。

これは自分よりも上位・目上の人を尊敬する「ウヤマイ=敬い」の語源になったものと思われるが、少なくとも古代には「大」を「ウ」と読んでいた時代があった証拠である。

そしてその「大売人=ウバイド」達が住んでいた土地が「ウル=売る」なのだ。

この事から察するに、彼らは「商人の元祖」であったのかも知れない。


さらに時代を経て「大売人」たちは、メソポタミアからインドへと移動する。

これも証拠があって、インドの古代文明である「インダス文明」は、紀元前3500年頃に西アジアから移住してきたとの説もあるドラヴィダ人によるものという考えが有力であるが、この紀元前3500年頃といえば、ちょうど「ウバイド文化」の終焉期にあたる。

「インダス文明」は、パンジャーブ地方のハラッパー、シンド地方のモエンジョ・ダーロなどの遺跡が知られるほか、沿岸部のロータルでは造船が行われていた痕跡がみられ、メソポタミアと交流していた可能性があると言われている。

また、仏教の開祖である釈迦の出自は「世界で最たる知識民族の王家の子孫である」とし、「先祖に須彌(シュミル)と謂う王がいた」と仏典に記されている。

この「須彌=シュミル」とは「シュメール」の事で、釈迦はウバイド文化の土台となった「シュメール人の王家の子孫」と言っているのだ。

そしてインドに移った「大売人=ウバイド」は「ウワイト」と呼ばれた。

この「ウワイト」はインド・ヨーロッパ語族で「白」を表す言葉で、現在の英語の「ホワイト」の語源とも考えられるが、どちらかと言えば褐色のインド人に対し、中東から来た「大売人=ウバイト」達は色白であったのだ。

この事が転じて、男性よりも色白である女性仏教徒を指した「ウワイ=憂婆畏」へとなったのだろう。


また商売が上手かった「大売人」達は、インドのカースト制において「ヴァイシャ(商人)」となった。

これも「ヴァイシャ=バイシャ=売者」と当て字できる。




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プロフィール

yoshi

Author:yoshi
1977年生まれ。

10歳で「ノストラダムス」本を読み始め、14歳で加治木 義博氏の著書「真説 ノストラダムスの大予言」に出会う。

その後20歳を過ぎてから、生来の「不思議好き」「歴史好き」もあって、加治木氏の著書をもとに独自の考察を加えながら、本格的に「ノストラダムス」「古代日本史」の研究を趣味で始め、現在に至る。

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