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謎の神武東征㊲ 脱解王記検証 ①

『脱解、本来は多婆那国で生まれた。その国は倭国の東北一千里に在る』

これに関してはすでに検証が済んでいる。

『初め、その国王は女国の王女を娶って妻とした』

「多婆那国=龍城国の龍王は、女国の王女を妻とした」との意味だが、女性しか居ない国など存在しないから、この「女国」は、「女=オンナ=恩納」で沖縄の「恩納村=オンナソン」ではなかろうか。

『懐妊から七年、大きな卵を産んだが、王は「人にして卵を生むのは不祥である。適当に廃棄せよ」と言った』

胎児が七年も母親の胎内に居る事は通常有り得ないから、これは「国王の妻となって七年目に懐妊した」とする方が自然だ。

しかし生まれたのは「大きな卵」だったため、国王はこれを不吉だとして破棄するように命じたと言う。

これは高句麗の始祖・朱蒙が同じく卵生で、「王は卵を犬や豚の傍に捨てさせた」とする記述と共通している。

『その王女は忍び難く、絹布に卵を包み、宝物と一緒に棺(ひつぎ)の中に安置し、海に浮べ、その行く先を(潮流に)任せた』

これは『古事記』において国産みの際、イザナギ(伊耶那岐命)とイザナミ(伊耶那美命)との間に生まれた最初の神である蛭子(ヒルコ)が、葦の舟に入れられてオノゴロ島から流されてしまう神話にそっくりである。

その「蛭子(ヒルコ)」も骨のない奇形であり、不祥とされた事も一致する。

『初めは金官国の海辺に着いたが、金官人はこれを怪しんで取得せず。また、辰韓の阿珍浦海岸に漂着した』

この「金官国」は「ソナカシチ=ツヌガアラシト=仲哀天皇」の出身地とされている「意富加羅国=倭トカラ国」の事だから、「トカラ列島」。

トカラ列島の人々は、流れ着いた船を怪しがって拾わず、船はまた潮流に流されて「辰韓の阿珍浦海岸」に漂着した。

この「阿珍浦」は「辰韓の」と注釈があるから、「古代朝鮮の辰韓」と思われてきたが、「阿珍浦=アチンウラ」だとするとこれは「アチの浦」と読め、「チ=キ」だと考えると「アキの浦」だ。

となるとこれは「アキ=安芸=開き=ヒラキ=開聞」の事で、鹿児島新羅があった場所であり、「昔氏が倭の但馬(タジマ=多児国)から渡ってきて新羅王となった」とする伝承と一致するではないか!

残る問題は「辰韓の阿珍浦海岸」とする記述だが、「辰韓=タツガラ=龍ヶ国」だとすればこれは「龍城国」の事であり、脱解が新羅王となった後で、自分の出身国である「龍城国」を新たに国名としたと見るべきだ。

以上から「辰韓の阿珍浦海岸」は「龍ヶ国の開聞の浦の海岸」を指していると見ていい。

これを裏付けるように、開聞地区を南に行った鹿児島県薩摩半島の最南端である長崎鼻には、「竜宮神社」が存在している。

また開聞町川尻には、「蛭子地区」が存在する。

「蛭子」は先に説明した様に、脱解王と同じく海に流された、イザナギ(伊耶那岐命)とイザナミ(伊耶那美命)の子だ。

鹿児島新羅のあった開聞地区に、ともに親によって海に流された「脱解王」と「蛭子」に関連する地名が残っているとすれば、この2つの物語は元々同じものであった可能性が高いと言える。





続く
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テーマ : 歴史&スピリチュアル・ミステリー
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プロフィール

yoshi

Author:yoshi
1977年生まれ。

10歳で「ノストラダムス」本を読み始め、14歳で加治木 義博氏の著書「真説 ノストラダムスの大予言」に出会う。

その後20歳を過ぎてから、生来の「不思議好き」「歴史好き」もあって、加治木氏の著書をもとに独自の考察を加えながら、本格的に「ノストラダムス」「古代日本史」の研究を趣味で始め、現在に至る。

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