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謎の神武東征㉓ 「天照大神・赫居世」と「瓠公・神武天皇」

では「神武天皇」が新羅王であったならば、新羅始祖と言われる「赫居世」と彼は同一人物だったのだろうか?

ここで思い出して欲しいのが、「赫居世」とは「世の中を明るく照らして治める」との意味であるという事だ。

これは一見して「天照大神」を連想させる。

つまり「倭」「新羅」には共通して「天照」という考え方があり、それは「ソナカ仏教」「シンドゥ教」共通の発祥の地であるインドにその源流があったと見るべきだ。

そして新羅は「シンドゥ=神道教徒」なのだから、この「赫居世」こそが現在伊勢神宮に祀られている方の「天照大神」なのだ。

なにより「赫居世」が名乗った称号が「居西干=イセカン」であり、「天照大神」も「伊勢神宮の神=伊勢神=イセカン」で一致しているではないか!

となるとこの「赫居世=天照大神」は「神武東征」の際に、「八咫烏を神武天皇に遣わして教導とした」人物なのだから、神武天皇の協力者ではあったが別人と見るべきである。

また神武天皇の即位は52歳であり、赫居世は13歳で居西干に推戴されているのだから、双方の記録は一致しない。

神武天皇は「赫居世」ではなかったのだ。

では神武天皇は新羅内でどの様な立場にあったのか。

神武天皇の名乗りのひとつに「彦火火出見(ヒコホホデミ)」があるが、この「火火=ホホ」は「朴=ホホ」と同じ発音であり、「赫居世」の姓である「朴」と一致している。

これから考えて神武天皇は、赫居世の一族かもしくは赫居世と同等の権力を持った重臣であった可能性がある。

これを踏まえて朝鮮史を見てみると、新羅建国時に海を渡って来て大輔という役職名の重臣になった倭人がいたとの記事がある。

そして彼は腰に瓠をぶら下げていたことから「瓠公」と称されたと言うのだ。

この「瓠」は、「赫居世が生まれたとされる卵が瓠(ひさご)ほどの大きさであった」「辰韓の語で瓠を表す「朴」を姓として名乗った」とするものと同じであり、このことから瓠公と朴赫居世を同定する、またはその同族とする説があると言う。

整理すると、

●「瓠」は辰韓語で「朴」であり、「朴=ホホ=火火」である
●「朴=ホホ=火火」は、「神武天皇(彦火火出見)」と「朴赫居世」に共通する名乗りである
●「瓠公」と「赫居世」は同一視、または同族視されている
●「瓠公」と「神武天皇」は「朴赫居世」の協力者である


となるから、神武天皇は「瓠公」と同一人物であった可能性が高いと言える。

つまり「神武天皇」は「瓠公」として「朴赫居世」と同等の権力を持っていたのだ。










続く
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では「神武天皇」が新羅王であったならば、新羅始祖と言われる「赫居世」と彼は同一人物だったのだろうか?ここで思い出して欲しいのが、「赫居世」とは「世の中を明るく照らして治...

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プロフィール

yoshi

Author:yoshi
1977年生まれ。

10歳で「ノストラダムス」本を読み始め、14歳で加治木 義博氏の著書「真説 ノストラダムスの大予言」に出会う。

その後20歳を過ぎてから、生来の「不思議好き」「歴史好き」もあって、加治木氏の著書をもとに独自の考察を加えながら、本格的に「ノストラダムス」「古代日本史」の研究を趣味で始め、現在に至る。

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