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謎の神武東征⑱ 『マラヤ編年記』から読み解く、意外な事実①

これで『マラヤ編年記』の記事が、「ソナカ宣布団」がマレーシアに上陸した時の話であることが分かった。

しかしこの『マラヤ編年記』の記事には、よくよく見るともっとすごい事実が隠されている。


2人のお婆さんが住んでいたのが「パレンバンの都・アンデラス」だが、この「アンデラス」は「天照=アマテラス」ととてもよく似た発音だ。

そして「丘が光り輝く」のだから、これは「アンデラス=天照=太陽」の事であるとすれば非常に分かりやすい。

また、その丘が光り輝いたのが「夜」なのだから、「夜=暗い」とすると「アンデラス=暗照らす」であり、「夜の暗闇を太陽のように照らした」とする記述とぴったり一致する。

我が国の神話の「天照大神」のルーツが、こんな所にもあった事になる。

この「天照大神」に関して鎌倉時代の「日蓮聖人」は、「天照大神と八幡大菩薩とは、教主・釈尊(お釈迦様=釈迦仏)が日本を仏教国にするために生まれ変わったものだ」と言っているのだ。

「天照大神」は言わずと知れた「我が国の皇室の祖神」であり、「八幡大菩薩」は、現在全国の八幡宮に祀られている神で、『記紀』によると仲哀天皇と神功皇后の子で、第15代の応神天皇の事である。

なんとここにも、「仲哀天皇=ソナカヒコ」の名が出てくるではないか。

そして『マラヤ編年記』の記事は、「ソナカ宣布団」がマレーシアに上陸した時の話であることは検証済みなので、「アンデラス=天照らす」も「ソナカ宣布団」によって日本に持ち込まれた可能性が高い。

となると本来の「天照」とは、「黄金に光り輝き、衆生(人々)の諸々の闇を照らす存在」であり、それはすなわち「仏」であったのだ。

では「八幡大菩薩=応神天皇」はどうだろうか。

皇祖15代・応神天皇はその死にあたり、「正しい行いをする百人の国王(天皇)と仏教を守護する神となる」と遺言したという。

応神天皇は「宋書」に登場する「倭の五王」の前の倭王であるが、その遺言と「八幡大菩薩」という神号から見るに、「倭国は仏教国であり神道国家ではなかった」のだとはっきり分かる。

仮に倭国が神道国家であったならば、「仏教守護」などという事は言わないだろうし、「八幡宮」に祭られているのは「八幡大明神」でなくてはおかしい。

だが通説では、八幡大菩薩は元々「八幡神」と呼ばれていたのが、東大寺の大仏を建造中の天平勝宝元年(749年)、宇佐八幡の禰宜の尼が上京し、「八幡神より大仏建造に協力するとの託宣があった」と伝えたため、朝廷は天応元年(781年)、宇佐八幡に鎮護国家・仏教守護の神として八幡大菩薩(はちまんだいぼさつ)の神号を贈ったとされている。

しかしその「八幡宮の発祥」については次の伝承があるのだ。

『欽明天皇32年に、奈良県の三輪山に所在する大神神社の宮司の身狭の子供「大神比義」が、3年間断食をして祈った。

すると鍛冶翁が豊前の国の菱形池の辺に3歳の童子の姿となって現れた。

そして竹葉の上に立ち、

「我は、誉田別(ホムタワケ=応神)天皇広幡八幡麻呂の神なり。我をば護国霊験威力神通大自在王菩薩(ごこく・れいけん・いりき・じんつう・だいじざいおう・ぼさつ)と申す」

と名乗った。(宇佐宮託宣集、八幡愚童訓など)』


この記述にある欽明天皇とは第29代天皇であり、聖武天皇の16代前である。

そして欽明天皇の32年は『記紀』の記録を逆算すると西暦571年で、「大仏建造に協力するとの託宣があった」とされる、749年にさかのぼること180年以上前だ。

この伝承をすべて鵜呑みにするかはさておき、大仏造営の180年以上前に、「神」と名乗った応神天皇が自らすでに「菩薩号」を称しているのである。

これは朝廷より「菩薩号」を賜ったとされる以前から、応神天皇は「八幡神」ではなく「八幡大菩薩」だった証拠だ。

その後に八幡大菩薩は「武運の神」「弓矢の神」として、源氏をはじめ全国の武士から崇敬を集めたが、この神を拝む時だけは、『平家物語』の『扇の的』で那須与一が言っているように、「この矢、外させ給うな。南無八幡大菩薩」と、やはり仏式なのである。


また応神天皇の誕生伝説によれば、「天皇が生まれた時にそれを祝福して天から八本の幡(ハタ)が降ってきて産室を蔽った」とあり、この伝説から「応神天皇=八幡様」となったという。

ここで言う「天」とは「チヌ=チン=天」で「大天=ウチヌ=沖縄」の事。

応神天皇の誕生を祝って沖縄の大天から八本の旗が贈られ、その旗で産屋を覆ったとの意味だ。

また幡とは、仏教の場合、梵語の「パタカ」のことを指し、仏・菩薩の威徳を示す荘厳具を言う。

仏を祈る時には、その徳を表す旗を左右に飾るしきたりが古くからあり、阿弥陀如来に参る時も八本の幡を立てるのが決まりであるから、これは応神天皇の時代にすでに仏教が存在したという証拠であり、その仏の徳を表す八本の幡を贈られた応神天皇は、「仏の生まれ変わり」とされたのだ。


この検証の結果、「天照」とは本来「仏」であり、「八幡大菩薩」も「仏の生まれ変わり」とされた「仏教王」であることが分かった。

日蓮聖人の言う、「天照大神と八幡大菩薩とは、教主・釈尊(仏)の生まれ変わり」は、正しい事実を伝えていたのである。







続く





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プロフィール

yoshi

Author:yoshi
1977年生まれ。

10歳で「ノストラダムス」本を読み始め、14歳で加治木 義博氏の著書「真説 ノストラダムスの大予言」に出会う。

その後20歳を過ぎてから、生来の「不思議好き」「歴史好き」もあって、加治木氏の著書をもとに独自の考察を加えながら、本格的に「ノストラダムス」「古代日本史」の研究を趣味で始め、現在に至る。

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