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謎の神武東征⑪ 「高砂」から読み取る当時の倭国の領土

ところで岡山県の牛窓にはこんな神功皇后伝説があるという。

羽曳野市誉田(こんだ)八幡宮所蔵の【神功皇后縁起絵巻】によると、

『神宮皇后が備後の泊まりに着いた時、長十丈(30㍍)ほどの大きな牛(牛鬼)が沖のほうより出現し、皇后の乗った船を壊そうとした。

その時に老翁(住吉大神の化身)が牛の二つの角をつかんで海中へ投げ入れた。

この牛は海中に没し、やがて島となって現在に至る。

よってこの場所を「牛まど」と呼んで、文字には「牛(転)まろばし」と書いた(趣意)』
とある。

「牛鬼」は「ウシキ」と読めるから、「ウシキアリシチ」の「ウシキ」に通じ、神功皇后の夫であった「仲哀天皇=ソナカヒコ=ツノガアルヒト」の別名を指している。

そして「仲哀天皇8年」の記事と同じく、「牛鬼=ウシキアリシチ=仲哀天皇」を葬り去ったのは「住吉大神」である。

しかしなぜ仲哀天皇は、自分の妃である神功皇后の船を襲おうとしたのか?

この「牛窓の伝承」を踏まえて「仲哀天皇8年」の記事を復元をしてみると、以下の事が分かる。

『仲哀天皇8年、仲哀天皇は、神懸かりした神功皇后から、「西海の宝の国を与える」との住吉大神の神託を受けた。

しかし熊襲征伐を優先したい仲哀天皇はこの神託を信じず、敢えて住吉大神の神託を信じて出航しようとする皇后の船団を妨害し、住吉大神を非難した。

しかしその直後、仲哀天皇は急死してしまい、人々は「住吉大神の祟りだ」と噂した』


これが「牛窓の神功皇后伝説」の真意だったのではないだろうか。


また、牛鬼を海中に沈めた「老翁」は「住吉大神の化身」とされているが、同じく住吉大神が老翁の姿となって現れるのが『謡曲・高砂(たかさご)』である。

この謡曲は現在でも「お目出度い歌」として結婚式などでよく歌われるので、ご存知の方も多かろう。

そのあらすじは、肥後(熊本県)の住人の一人の神官が、高砂の浦で老人夫婦に出会って、高砂の松と住吉の松とが、なぜ相生の松といわれるのか、その由来を教えられるものだ。

そこで神官は有名な、「高砂や、この浦船に帆をあげて……」という謡の通りに高砂の浦から船出して、住吉の浦に「早や、住吉に着きにけり」と到着すると、高砂の浦で出会った老翁が住吉大神となって現われ、美しい月光を浴びながら、太平の世を祝う舞を舞って次第に消えていくという、大層夢幻的で優雅なものだ。

しかし詳細に、この『高砂』を分析してみると、「高砂」は現在の兵庫県高砂市のことだと思われているが、「高砂」を「タカズナ」と読むと、これは「タカ=高」「ズ=ヅ=津」「ナ=国」で、「高津国」となる。

一方、住吉大神が神功皇后に与えると言った「宝の国」は、古来、朝鮮新羅の事とされてきたが、「タカラ」は「タカ=高」「ラ=国」であり、「津」は「~の」という助詞だから、「ノ=ツ=津」で、「タカラノクニ=高国津国」となる。

これは「高国津国」の方が「国」が一文字多いが、重複している国の字をひとつ削ると「高津国」となり、二つは同じ国だった事が分かる。

また古来、「高砂」は「台湾」の別称としても知られているし、この「タカラ」が「トカラ」の訛ったものだとすると、これは現在のトカラ列島の事で、「ツノガアルヒト」の本国である「意富加羅=倭・吐喝喇」と同じであった事がはっきりとする。

事実、「高国津国」を「タカラヅマ」と発音したものが訛った「宝島(=宝之国=タカラジマ)」が、トカラ列島には存在することからも明らかだ。

そして「高良=タカラ」と呼ばれる地名は、沖縄本島などにも見ることができるが、これは「タカラ=高国」で、「高津国」は「高の国」との意味だから、「高国=高の国=高津国」だ。

つまりこの台湾からトカラ列島を含む南西諸島が、「ソナカヒコ=仲哀天皇」当時、ソナカ王が支配していた倭人(ウワイト)の領土であり、さらに「翁国」と書けば「オキナマ=沖縄」だから、その首都はやはり、「ウチナ=大天」と呼ばれた沖縄にあって、それらは「宝の国=高津国=高砂」と総称されていたのだ

これはどう言う事かと言うと、住吉大神の「タカラの国を与える」との神託とは、「高砂=台湾」「翁国=沖縄」「宝の国=トカラ列島」を与えるとの意味だったのである。











続く
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まとめtyaiました【謎の神武東征⑪ 「高砂」から読み取る当時の倭国の領土】

ところで岡山県の牛窓にはこんな神功皇后伝説があるという。 羽曳野市誉田(こんだ)八幡宮所蔵の【神功皇后縁起絵巻】によると、『神宮皇后が備後の泊まりに着いた時、長十丈(30

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プロフィール

yoshi

Author:yoshi
1977年生まれ。

10歳で「ノストラダムス」本を読み始め、14歳で加治木 義博氏の著書「真説 ノストラダムスの大予言」に出会う。

その後20歳を過ぎてから、生来の「不思議好き」「歴史好き」もあって、加治木氏の著書をもとに独自の考察を加えながら、本格的に「ノストラダムス」「古代日本史」の研究を趣味で始め、現在に至る。

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