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謎の神武東征⑨ 新領土を開拓に行った仲哀天皇

お詫び:確認したら⑨が未投稿の状態になっていました・・・



これで「ツヌガアラシト=ソナカシチ」が「仲哀天皇」と同一人物だと分かったが、ここで大きな問題が発生した。

「ツヌガアラシト」がその徳を慕って会おうとした「御間城天皇」とは「崇神天皇」の事であり、その「御間城天皇の名を国の名前にせよ」と言った天皇はその次の「垂仁天皇」である。

『日本書紀』『古事記』によると、崇神天皇・垂仁天皇はそれぞれ第10代・11代の天皇とされている。

しかし仲哀天皇は第14代天皇であり、「崇神天皇の玄孫、垂仁天皇のひ孫」との位置づけになっているからだ。

そして「仲哀天皇=ツヌガアラシト」が崇神天皇に合おうとして渡来し、その次の垂仁天皇に使えたのであれば、「崇神・垂仁両天皇と仲哀天皇は、直接の血のつながりがなかった」事になるのだ。

しかしこれをいちいち説明していると、肝心の表題である「謎の神武東征」からは著しくかけ離れてしまう。

よって今は「神武天皇の敵はヤマト(邪馬台)だったか」に焦点を当てて話を進め、「崇神・垂仁両天皇と仲哀天皇との関連」については、改めて説明したいと思う。


これまでなぜ「神武東征」とは一見関連がなさそうな「仲哀天皇=ツヌガアラシト=ソナカシチ」について検証したか。

それはこの人物が「卑弥呼」と密接な関係にあるからだ。

『日本書紀』には、「ツヌガアラシト」の別伝として、以下の記述がある。

『ツヌガアラシトがある時、黄色い牛に農機具類をのせて田んぼへ行く途中、ちょっとしたすきに牛が消えてしまった。

そこで探し回ったところ、ある村で一人の老人が、「あんたが探している牛はここへ来たが、村長たちが殺して食べてしまった」と言い、「もし返してくれという者がきたら、なにかで弁償すれば済むとその村長は言っていたから、あんたはお金や物より『この村の神様をくれ』と言いなされ」と告げた。

そこでツヌガアラシトは村長に会ってその通りに言うと、村長らは白い石をくれた。

ツヌガアラシトがそれをもって帰って部屋に置いておいたら、美しい少女になった。

ツヌガアラシトはたいへん喜んだが、ちょっとよそへ行っている間に、その少女はいなくなってしまった。

驚いて妻に聞けば、東の方へ行ったと言うので、ツヌガアラシトはあとを追ってとうとう海を渡り、日本(ヤマト)にまで来てしまった。

少女のほうは難波(ナニワ)に着いて比売語曽(ヒメゴソ)社の神様になり、また移動して豊国のクニサキ(国前)郡の比売語曽の社の神様になった(趣意)』


お分かりになるだろうか?

この別伝の中に、「卑弥呼=ヒミコ」と思われる「比売語曽(ヒメゴソ)」との名前が出てくるのだ。

以前に鹿児島では「観音菩薩」を「ヒメコさぁ(ヒミコ様)」と言うと説明をしたが、これを「ヒメゴソの社」と比較してみると、「ヒメゴソの社=ヒメコソン社=卑弥呼尊(卑弥呼様)社」の意である。

そして「ツヌガアラシト」は「仲哀天皇」の事だから、この別伝では仲哀天皇はヒミコを追って日本に来たこととなっている。


この記述にある「牛に農機具類をのせて田んぼへ行く」とは、「田んぼを耕しに行く」事だ。

しかし「ツノガアルヒト」は「意富加羅の王子」と『日本書紀』に記されているのだから、王子自らわざわざ田んぼを耕しに行くとは思えない。

となるとこれは、「新たな領地を開拓に行った」と見るべきで「農機具=新領地開拓のための道具・手段」であり、「ツヌガアラシト=ソナカシチ=ソナカ彦=ソナカ王子」なのだから、これは「仏教」を指すととらえるべきだ。

つまり「農器具類を持って田んぼへ行く」とは、「新たな領地を開拓し、仏教を布教しに行く」との意味で、ソナカ宣布団の本来の目的の事だったのである。

これを「こじつけだ」と思われるかも知れないが、トカラ列島の中の「宝島」の観光パンフレットに、こんな記述があるのだ。

『琉球石灰岩質の宝島にはたくさんの鍾乳洞があります。(中略)中でも、この「観音堂」と呼ばれる鍾乳洞がもっとも大きく、奥行きは400mとも500mとも言われ、かつて「トカラ神道」と呼ばれた信仰の島内最大の拝所になっています』

お分かりになると思うが、宝島にはかつて「トカラ神道」と言われた古神道があったが、その聖地であった鍾乳洞は今は「観音堂」と呼ばれ、観世音菩薩が祀られた祠となっているのだと言う。

観世音菩薩は後に「ヒメコさぁ」と呼ばれ、卑弥呼と同一視される事になる仏であるから、この信仰をトカラ列島に持ち込んだのが「ソナカ宣布団」である事は、説明の必要がないと思う。

その信仰を持ち込んだ人こそが、「ソナカヒコ=仲哀天皇」なのだ。







続く
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プロフィール

yoshi

Author:yoshi
1977年生まれ。

10歳で「ノストラダムス」本を読み始め、14歳で加治木 義博氏の著書「真説 ノストラダムスの大予言」に出会う。

その後20歳を過ぎてから、生来の「不思議好き」「歴史好き」もあって、加治木氏の著書をもとに独自の考察を加えながら、本格的に「ノストラダムス」「古代日本史」の研究を趣味で始め、現在に至る。

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