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謎の神武東征⑧ 「ツヌガアラシト=ソナカシチ」と「仲哀天皇」は同一人物

ここまで「ツヌガアラシト=ソナカシチ」の来訪ルートについて見てきたが、では肝心の「仲哀天皇=足仲彦」との関連はどうだろうか。

『日本書紀』には「ツヌガアラシト」がケヒ(笥飯)の浦に着いた時、土地の人にこう語ったと記されている。

「この国には聖天子がおいでになると聞いてやってきましたが、アナト(穴門)に着いたとき、イヅツヒコ(伊都都比古)と名乗る人が、『わしがこの国の王だ。わし以外に王はいない。ほかへ行くことはない』といいました。しかし彼の様子はどうみても王様らしくないので、そこを出てあちらこちらたずね回って、出雲を経由してやっとここへやってきたのです」

これを『日本書紀』の「仲哀天皇紀」と比較してみると、

「仲哀天皇二年二月、角鹿に行き行宮を建てる。これが笥飯宮(ケヒのミヤ)である」

「同三月、熊襲がそむいたので船で穴門に向かって出発した」

「仲哀天皇八年正月、…筑紫・伊覩(イト)県主の五十迹手(イトタテ)が賢木(サカキ)に三種の神器を下げて出迎えたので天皇は喜んで誉めた」
とある。

一見して「ツヌガアラシト」と「仲哀天皇」は同じルートを辿っていることがお分かりだろう。

この「仲哀天皇八年」にある「伊覩(イト)」とは、「伊都都比古(イヅツヒコ)」の「伊都(イヅ=イト)」の事だが、「筑紫(ツクシ)の伊覩(伊都)」となると、『魏志倭人伝』に「魏の使者である悌儁(テイシュン)や張政(チョウセイ)が訪れた」とされる「伊都国」の事だ。

しかし「ツヌガアラシト」は沖縄からトカラ列島を経て出水に来たのだから、その経路のどこかに、「筑紫(ツクシ・チクシ)と「伊都(イト・イヅ)」がなければならない。

私が当初有力な候補と考えたのが、「筑紫=竹島」と「伊都=イズ=出水」であったが、「ツヌガアラシト」の来訪ルートに添って改めて地図を見てみると、沖縄本島に「具志頭」という地名を見つけた。

これは「グシカミ」とか「グシチャン」と呼ばれているが、「頭」は「頭痛(ズツウ)」の様に、「ズ」の発音を持つので、これを「グシズ」と読み、「ズ=ヅ」であるから「グシヅ」、さらにこれを清音であった古語の発音に直すと「クシツ」となる。

となるとこれは「ツクシ」の「ツ」の位置が移動したものと同じとなる。

そしてこの「具志頭」に隣接するのが「糸満」で、これは「イト・マ・ン=イト・国・の」と読める。

つまり「仲哀天皇八年」にある「筑紫・伊覩」とは、正しくは「具志頭・糸満」であった可能性が高い。


またこの具志頭からは1967年、港川地区の海岸に近い石切場で約1万7000年から8000年前頃の人の骨が発見され、地名から港川人と名付けられた。

港川の地名は明治30年に新たに付けられたものだが、港川人の発見は1万7000年以上前からこの地の海岸近くに人が住んでいた事の証拠であり、当然「港=津」が古くからここにあったものと想像される。

となると具志頭の「頭=ヅ」とは本来は「津=ツ」の事で、具志頭は「具志津(具志の港)」との意味であったと分かる。

私の住む秋田ではかつて港で栄えた「土崎」があるが、地元の盆踊りには「土崎港」ではなく、「港土崎は大繁盛」との歌詞が残っている。

これと同じように古くからの港のあった具志を、「港具志=津具志=ツクシ」と呼んだ人がいたのではないだろうか。

つまり「具志津(クシツ)」であろうが「津具志(ツクシ)」であろうが、意味する所は同じだったのだ。


そして今までの検証により、「ツヌガアラシト」と「ソナカシチ」も同一人物で沖縄から出発しているのだから、「仲哀天皇=足仲彦」も同一人物である可能性が高い。

そこで名乗りを見ていくと、「ソナカシチ」は「シ=ヒ」「チ=キ」と発音する沖縄後の特徴を考えると、「ソナカヒキ」となる。

そして「キ=木」と見れば、「木」は「木の葉(コノハ)」の様に「コ」の発音も持っているから、「キ=コ」で「ソナカヒコ」だ。

一方、仲哀天皇の「足仲彦」はこれまで「タラシナカヒコ」と読まれてきたが、これは「ソクナカヒコ」とも読める。

この検証の結果では、両者は「ソナカヒコ」と「ソクナカヒコ」の関係にあり、一見して似た名前であることが分かる。

さらに両者は「どちらも同じルートを辿っている」事が、ともに『日本書紀』の記述によって確認済みであるから、「仲哀天皇=足仲彦」と「ソナカシチ=ツヌガアラシト」は同一人物だと言っていい。










続く
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ここまで「ツヌガアラシト=ソナカシチ」の来訪ルートについて見てきたが、では肝心の「仲哀天皇=足仲彦」との関連はどうだろうか。『日本書紀』には「ツヌガアラシト」がケヒ(笥

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プロフィール

yoshi

Author:yoshi
1977年生まれ。

10歳で「ノストラダムス」本を読み始め、14歳で加治木 義博氏の著書「真説 ノストラダムスの大予言」に出会う。

その後20歳を過ぎてから、生来の「不思議好き」「歴史好き」もあって、加治木氏の著書をもとに独自の考察を加えながら、本格的に「ノストラダムス」「古代日本史」の研究を趣味で始め、現在に至る。

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